カテゴリー「音楽」の記事

2008年2月19日

♪Wondering Again

「今年の盆は必ず?帰省するので、音出せるなら練習しといて!久しぶりに何か合わせてみるか、、。」

懐かしい悪友Sからメールが届いていた。

受験を終えた25年前!学校近くのレンタルスタジオを午後からずっと借りて、3人でこもって"BBA"や"JLC"のハードな楽曲をコピーすることに没頭したことを思い出す。合否の発表も待たずに最期の春休みを、ただひたすらに轟音のようなギターの音を出し、まだ肌寒い時期だったのに、スタジオ内では半袖一枚になり汗を拭って過ごした。

Sは学校ではクラブには入らず自称"帰宅部"だったように憶えている。授業中もうつらうつらと寝ていたりと、とても集中しているようには思えず担任は

「S ! 寝ていてもあてられたら答えろよ!」

などと半ばあきれたようにチョークを投げつけてそう言った。担任に対して敵愾心を抱いていたわけではなかったが、何年か前に卒業した姉さんと比べられているのが気に障っていたことを、帰り道が一緒の友人から聞いたことがあった。けれど理科系クラスで1、2位を競うほどの明晰さは高等学校の数学の範囲をとうに超えていて、その頃から学問としての"高等数学"に入り込んでいた。

冷めたようなフォントで綴られたメールを眼で追うごとに、あれからもう四半世紀が過ぎたのか、、、といった感慨が込み上げてきた。卒業後も同じく京都にいたのでしばらくは連絡を取り合っていたが、教養課程を終えた頃に互いが引っ越したりして疎遠になっていた。「何か起こったのか、、?」

音楽をただ力任せにプレイしていたあの時は、彼の親父さんが大学の合格発表の知らせの届く間際に亡くなっていた。詰襟を着た私はふくらみかけた桜の下で、会葬の一列に加わった。お別れのクラクションは乾いた空に吸い込まれ、私の耳には届かなかった。それはヨーロッパ映画のストップモーションのように途切れたシーンのようだった。

Sにとって自らの鼓動を増幅させたようなギターの大音響や、嗚咽に似た気持ちを振り絞ったような轟音で生身の部分を切り離そうとしていたのか、、? あのときのような悲しいことがまさか起こっていないだろうか、、?

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2007年11月21日

朝の"Music"

明け方の夢にしがみついていたい時ってありますか?

そんな風な日常から離れようとする幼稚な気持ちは、蜃気楼か何かに近づいていこうとする感じなのだろうか、、、?クモの巣のように張り巡らされた感性のアンテナには、その明け方の雨のしずくが小さな鈴のように付いていた。そしてそのひとつひとつに映し出されている風景は様々に変わっていった、、、。そんなような夢だった。

眠っている頭の方から音楽が聞こえているようだった。先日来日したキャロル・キングのようだ。家人がやっと覚えた手順でPCにランダムに演奏させている。

夕べブログのサーフをしていると、東京公演の様子が会場の空気の動きがよく伝わってきた。彼女のアルバム"Tapestry"は言わずもがなアコースティックの名盤中の名盤で、私はアナログも大事にしまってある。紙ジャケットのCDも買おうか迷っている。私はこの同時期に作られた"Music"が好きで中学の頃、友人の姉さんから譜面を借りて英語の歌詞やギターのコードを写したりさせてもらった。

今はクモの巣とはWEBを指すようで、世界を結び伝達するものに発展した。テクノロジーが日進月歩し、音楽を取り巻く状況も大きく変わったように思う。嬉しくて楽しくて自分を抑えていられない状況では、人間はその喜びを身体で表現し、喉をついて出てきた叫びにメロディがつき歌になった。そして悲しくてどうにもならない心の痛みが嗚咽と共にそれもまた歌になった。時代とともに音楽は洗練され高度なものになった。反面テクノロジーが進んでいけばいくほどに、音楽の中に人間らしさを表すものが求められてくるようになった。先のブログの拾い読みからそんなことを思った。そして一時的な肉体的なカタルシス?を得るための音楽が必要になっていくのではないだろうかと、、。

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2006年6月 7日

「悪魔を憐れむ歌」の彼

Web上のニュースでビリー・プレストンの訃報を知った。
とある音楽雑誌で、昨秋手術をしたことは知っていたが、
そのまま帰らぬ人となった。

キーボーディストとしては"バイプレイヤー"としての確
たる存在感、ビートルズやストーンズなど幾多のミュー
ジシャンとのスタジオセッションで名を馳せた。
巧みなユニゾン効果をキーボードで始めたのは、この人
が最初ではなかろうか?機材の自動化を横目で見やるよ
うに、実に人間味があり、かつファンキーであるプレイ
スタイルは格好が良かった。

「虎は死して、、」とは使い古された言葉だが、巷で耳
にする「Let It Be」「悪魔を憐れむ歌」などの曲はその
フレーズには欠くことの出来ないピアノの自由な音律が
印象的だった。ギターでは出せない曲の厚みこそ、彼の
手の拠るものだと思える。
享年59歳。まだまだその「ロック魂」を見せてもらいた
かった。合掌

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2006年5月24日

番外編「お題バトン」のこと

先日、私のブログに「〜バトン」がまわってきました。
フーテンさんよりのそのバトン、「お題バトン」と称する
もので大喜利のようでもある。それではさっそく参りまし
ょうか、、。

1)PCもしくは本棚に入っている『BlueNote』
 この場合は「レーベル」としてのものですね。
 大御所からファンキーなものまでいろいろあります。
 アート・ブレイキーやキャノンボール・アダレイから
 ケニー・ドリュー、アート・ペッパーなどなど、、。
 話は逸れますがJazzに関してはやっぱりといいましょ
 うか、マイルスから没入しましたのでPrestigeが幅を
 利かせています。

2)今妄想している『BlueNote』
 もちろん今週末の名古屋でのパット・メセニーですね。
 チケット、、残念ながら持っていません。トホホ、、。

3)最初に出会った『BlueNote』
 レーベルとしてはコルトレーンの「I'm Old Fashioned」
 です。伯父からの頂き物でした。ホールは今を遡ること
 15、6年程前になるのでしょうかハービー・ハンコック
 です。某学会に入信している友人からチケットを分けて
 もらいました。

4)特別な思いのある『BlueNote』
 最後のデートに出掛けた大阪でのリー・リトナーの公演
 でしょうか、、? 難しいリフをさらりとこなす一流の
 プロの動きを、あんなに近くで見られたのは後にも先に
 もあのときだけでしたから、、。
 帰り途、地下街がやたらと蒸し暑かったのをよく憶えて
 います。毎日新聞社の近くのパブで一杯飲って、ふたり
 とも帰りの電車で爆睡してました。

5)あなたにとっての『BlueNote』
 これは難しい質問ですね。高尚な音楽ジャンルの入り口
 にあることでしょうか、、? ただホールは昔ほどジャ
 ンルにこだわりは無いようですから、純粋に「生音」を
 楽しむ空間として存在していて欲しいです。

と、こんなん出ましたけど、、。(ちと古いね、笑)

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2005年11月27日

♪A Distant Shore

気分転換にテンプレートを代えてみた。
ブラウザ−が旧いためかコメントを残したり、お返し
したりするのに要らぬ労力を強いられるようになって
しまったが、、。

新しいテンプレートの寄せては返す波が、私にはその
コメントを暗示しているように思えてならない。
遠くの岸の誰かさんから届いた言葉に、こちらからも
ありがとうと気持ちを返す、、。そんな風に感じる。

うちの近くの海(湖だが)に行くと、さざ波の音に気
持ちが和らぐことがある。

  ♪Night and day deep in the heart of me
   There's an oh such a hungry yearning
   burning inside of me
         
   Day and night - Night and day
   Day and night - Night and day

わき上がる静かな感動は、ギターのみで奏でられた新
しい感覚のポーター・サウンドだからか、、、?

読書とオークションの夜は、こんな時分でも長く熱い。

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2005年9月26日

スティーヴィーと私 その2  番外編

確かに共同プロデューサーのロバート・マグレフの言葉通り'70年
代半ばにかけての一連のアルバムは、その音の作りとソウルとロッ
クを繋ぐ役割を果たしていた。スティーヴィーがこれでもかと一枚
のアルバムに作品を押し込むような作業を見かねて
「これじゃあアルバムではなく、トーキング・ブックだ!」
と、うなったのにもうなずける。  (ここでおかわりの準備)

しかしよくこれだけのエッセンスと音楽的技量を20代で備えていた
ものだ。だからかそんな言葉をもアルバムタイトルにしてしまうの
は、本物の余裕だったのか、、、。 (もう一杯、大丈夫やわ)

そのパワーの源が「怒り」や「探求心」だけだったのか気にはなる。
ある種のエキゾチズムなどにも関心はあっただろうと思う。
改めて聴き込むと「音のすき間」にある緊張感と安堵感とが、入り
混じったような感じを受ける。一人で作っていたにもかかわらず、
その時間は濃密でかつ充足していたに違いない。
それほど情熱の塊だったのに、、、。(氷切れてチェイサーを用意)

結局完徹してしまいました。レコードで聴くには体力の衰えを感じ
たお彼岸だった。   (というか、飲み過ぎか、、?)

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2005年9月25日

スティーヴィーと私  番外編

今夜は家人がいてはりません。
音楽かけて夜を送るしかありまへん。(ここでグラスの用意しよし)

普段は聴かへんもんを引っ張り出して、気分はワンマンショウです。
けど何でか、70年代のスティーヴィー・ワンダーの連作を続けて
聴きたなりました。(あれま、スコッチしか見当たらへんぞ、、)

プログラマーの導入と、シンセの可能性を探求するような音作りと
そして従来のR &Bとは違う歌い方には、それまでの音楽シーンの
メインストリームに突然起こった異変やったんか、、?
けどその後の影響を考えると、それはすごいことやったんやろう。
ひとりの天才アーティストが、邁進する様を見せつけられたんがこ
の時代やったんやろね。(わずかに溶ける氷が音立ててるわ)

今夜はモータウンの縛りから離れた頃の「Music Of My Mind」から
「Talking Book」そして「Innervisions」と順番に聴いてったろと
思てます。(ここでひとくち、お湿めり程度に、、)

最後まで起きてられるやろか?(もうひとくち、いっとこか、、)


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2005年6月 5日

How My Heart Sings!

今夜も帰りが遅くなった。賄いの後の打ち合わせが打々発止の論戦までに。
若い子の意見にも頷けるが、何か物足りなさを感じて言をつないでいるの
に、気に入らないのかダンマリ野郎になってやがる。疲れが倍増した。

今朝も早かったから、部屋のそこかしこに昨日の空気が残っているような
気がする。取りあえず音楽で身体を解放してみたく、最近話題のBill Evans
を流す。夜も遅いので、ステレオではなくPCにしてみる。すぐに音が出せ
るのが有り難い。

目線は隅棚の緑のボトルに。やっとゆっくりと出来そうだ。
, , , I Should Care, I Should Care, , ,
疲れのせいなのかいつもより酔いが早い気がする。

いつの間にかSummertimeが流れている。今年も夏がはじまる。
まだ何の支度も出来ていないから、休みには毎年仕入れる粋なシャツを探
しに出掛けたい。

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