カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2008年3月 4日

明日のカレンダー

幼い頃夕飯前に毎日放映されていた番組に「明日のカレンダー」があった。

今では局が番組を次々と繋ぐ意味もあってか(チャンネルを固定させるため?)やんわりとした番組は無くなってしまった。たった3分程の時間の中で、子どもながらに知識を得たような気になっていたことを思い出す。

私の明日のカレンダーはどうだろうか、、?

ひな祭りが済んで、明日はいよいよ「啓蟄」でもう春の始まりである。

朝はお決まりの「読み聞かせボランティア」で学校に出向き、15分で一つの物語を話すことになっている。近頃はエコや環境問題が授業でも取り上げられているようなので、そういったことに近い内容の作品を選んでみた。

それは坪田譲治の「サバクの虹」。子たちには前もって聞かせてあるが、教室では子たちとは違うクラスで話すことになっている。自然はどうやって生まれてきたのか、これから人間は何を助けてあげなければならないのか、、? 子供たちなりに色々感じることはあるだろうし、考えることはあるだろう。読後感は「う~ん、、?」と思ってくれればと考えている。

その後は天気次第だが、特別拝観中のお寺に再び出掛けてみるつもりでいる。現在読みかけている小説の舞台として知られているので、実際にその襖絵をみてみたくなったこともある。昨年の若沖展とは違って静かに見ることが出来るとありがたいのだが、、。

ともあれ明日のこと、tomorrow never knows か?

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2008年2月18日

♪雪でした、、

一昨日の雪で公私に身動きが取れず、方々に迷惑をかけてしまった。
自然が相手だと己の無力に、ただ溜め息をつくようなことしか出来ない。

「あまりに積もり過ぎたようで、ゲレンデまで出ることが出来なかったって、、。」
家人の携帯メールは私もよく知る、学生時代からの同じ友人からだった。
「北の方では雪祭りの雪像に降り積もる雪が多いさかい、きれいに見せるのに苦労してはるて、、。」

仕事場の前を流れる川は、この雪で夏まで水量に困ることは無いだろう。ただ並木の桜や枇杷、その他の枝が折れたりしたのは可愛そうな気がする。
この辺りの子たちは春になると、入学式やらでこの並木の下で記念写真を撮ることが多く、その時分が一番の見頃で真っ盛りになるはずだろうに今年は望めそうにないかもしれない。

その内の一本に3、4日前から丸まるとした"メジロ"がやって来るようになった。決まって昼のまかないを終えた頃なので、細い枝に小さく切ったリンゴを刺してやったり、ご飯をついばめるように正月の餅花のように団子にして付けてやったりしている。
時折降りて来て、川の中の大きな石の上で水を飲もうか思案するように、何やら首を傾げては辺りの様子を窺っている。いつまで小さなさえずりを聞かせてくれるのか、、?   中勘助の「鳥の物語」にメジロはあったのだったか?
、、、花はずかしき はずかしき、、  の言葉だけがグルグルと頭の中をめぐっていた。

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2008年2月14日

My "Hard"Valentine

昨晩からの雪はびっくりするほど積もっていた。
今朝、子たちを送り出しクルマを大通りに出すのに小一時間も雪かきをしたせいか、冷たさで手が感覚を失ったようだった。指先の感覚は仕事柄大切なので、急いで湯を張った洗面器につけて普段のように生き返らせた。

今夜友人の親父さんの通夜があり、彼の家までクルマで出掛けられるか心配だった。
昼のまかないの後は穏やかで晴れ間もうかがえるほどだったが、夕方近くは急に暗くなり綿毛が舞うように白いものが空からたくさん降ってきていた。
朝はそれぞれの職場へ急ぐ人が苛立っていたこともあり、立て続けの事故で思うように仕事場まで出て来られなかったことを考えてみると、このままの天候ならば吹雪の中を徒歩で出向くことも頭に入れておく必要があった。

昼間の仕事を済ませ、明日の支度と週末までの差配をメモにして送り、通夜の準備のため雪でゴテゴテになった大通りを、時にはオシリをスライドさせながら家に戻る。
家人はダイドコで何やら良い匂いのすることをしていたが構っている暇もなく、とんぼ返りで戻りメモに書いた進行具合を確認して仕事場を後にした。

「こんな風にまた会えるとはな、、。」
彼とは高校時代コートで汗を流したことも、おバカなことで一緒に担任に説教されたこともある仲だった。
チームの大黒柱だっただけに責任感とリーダーシップは強かったが、冗談も笑いも"高度に"理解できる体育会系だった。出来る方だったので、院生になっても同好会リーグに顔を出したりしていた。
「、、、喪があいたら酒でもどうだ、、?」
「帰ってこられたらな、、。」

Valentine

「先に休みます。○○君は元気でした? 」

机の上にはクッキーが焼かれてあった。
ハートの器にハードなクッキー、、、
何やら意味があるのか?

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2008年2月 8日

懐かしい"日"と"火"

昨日は振り替えの休みをもらい、京都まで甥っ子の受験のお守りを求めに出掛けた。午前中は仕事場では済ませられない仕事のことで大事な人と会い、午後からは"旧元日"のお祝い事もあり急いで向かった。

以前に実家で整理したアナログの音楽データを、夕べ遅くまでかかってメディアに焼いたものをアトランダムに聴きながら、連休前だからかいつもより混んでいる道をとばした。左に続く鈴鹿山系の山々にはまだ雪が多く残っている。春日のような陽光に端がきらきらと輝いて見える。道路の上には逃げ水がところどころに見られた。来週は"初午"でいよいよ春の兆しがうかがえそうな感がある。

、 、 、 、 、 

目的の場所は以前にお世話になっていたお店の近くで、この10年に及ぶブームでびっくりする変貌を遂げていた。社殿も拝殿も何もかもがその恩恵なのか真新しく、生まれ変わった様に美しくなっていた。おまけに鳥居脇には"グッズ販売店"までが出来ていた。住み込みで勉強させてもらっていたその昔は、たまの休みの夕暮れ時には、御所か鴨川の土手と同じように本を広げたりした思い入れのある場所である。大通りを挟んで"戻り橋"に睨みをきかせるための結界だと聞いていた。

懐かしさの反面、変わってゆくものへの諦めにも似た感傷をおもった。神社を後にし、御所に沿ってクルマを走らせた。もう一つの目的は"ほうじ茶"と"ロシアクッキー"である。暖簾をくぐると大きな茶筒を並べた長い台はきれいに磨かれ、この時期には必ず火鉢がその台の前に据えられている。

常着であってもそれは品の良さを感じさせるお婆ちゃん方に混じって注文の品を待っていると、火を囲む人同士が何気に交わす言葉が聞こえる。人間がいだいている他者への親しみや優しさがにじみ出るようである。古都にあって正に功徳を得たような気がした。

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2008年2月 1日

鬼さん、どちらへ、、?

節分会に吉田山へは行けなくなった。夕飯に"カンフォーラ"でセットメニューでもと考えていたが仕方ない。去年は神社からさらに北へ行ったところの店で名物の"カスレ"を食べようとしたが休みだったし、ここ最近はついてない。

子たちが鬼を見たがるのは"どろろ"なんかを図書館から調達しては、おどろおどろしく一緒に読んでいたせいもある。

「楽しみやったんよ!けど、お仕事やからなあ~、、。」

「また来年の楽しみに残しといてや!行かれへん代わりにのり巻きしたげるわ、、。」

何とか手打ちにしてもらえたようだ。

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2008年1月31日

子年のはじまりに

休みが取れたので子たちが戻るまでの短い時間に、家人とふたりハイウェイを西へ向かった。少し前に始まった"東山魁夷展"に行ってみようと考えていたし、家人が使う"筆"を求める必要もあったからだ。いつもの午前中の家事をふたりで片付けて、雑穀米のにぎり飯と毎朝の五種類の果物を折箱に詰め、車中で遅めの朝食にした。

「今日は"ギター小僧"がテーマです、、。」

うとうとし始めた家人には大きな音の"ジェフ・ベック・グループ"はひどく迷惑なことだったろう。続いて"BBA"に替わり、物凄いドラミングが始まるとさすがに、、

「もっと別の、こう穏やかなのは無い?」

「例えば、、?」

「渡辺香津美とか、無かったの?」

「ソリッドはあかんってことやね、、。」

家人の言葉からは硬い音が寒い景色と相まって、ヒリヒリと沁みるような感が強かったよのだろう。音源をFMに切り替えると、何処の誰だかのリクエストでまた硬質なギターの音が響いたので、慌ててチューニングを変えた。

「ちょっと"チャットモンチー"なら聴いてみたいけど、、?」

「まだ"恋の歌"聴くつもりなん?」

「いつもお風呂で○○が、、♪シャングリラ、、何々って大っきい声で歌うからどんな歌詞なんかなって思っただけ、、。それともヤキモチ妬きなんかな?」

流れる音は"恋の煙"だった。、、♪ふたりぼっち、、ふたりぼっち、、

五条大橋を少し西へいったところに目的の筆屋さんはあった。日本中からの注文に答えている親父さんだが、最近は足の具合が悪いために仕事がはかどらずに困ってらした。けれどその腕は衰えることなく、店には艶やかな色をした真新しい筆が大小並べてあった。

「最近は良い材料があらしまへんさかい、思うようなもんが出来しまへんな、、。業者も少のなってしもてエエ加減なことしよるんで困りますな、、。」

絵筆と云えど普通の絵画用ではないため、特別な材料がいるようだ。店を出て家人に聞くと、

「湖に住む特別なネズミの毛を使うって聞いてるんよ。開発で数が激減したんで、代用にタヌキやイタチのを使うみたいやけど、やらかいのはアカンし材料を見極める人も少ないからエエ加減な業者まかせにしてると、、、う~ん本物が遠くなるってことなんよ、、。」

ここ京都からそういった"本物"が発信出来なくなることは、日本の工芸界に関わる一大事なのだが、それはコストだけを問題にしてきたツケがまわって来た様だ。日本中いたるところで"衣食住"総てがそういった問題を抱えているのだが、それらの生命に関わる際になるまで放っておかれている現状を次世代へ伝えなければ、美しいとか可愛らしいとかの感情も薄っぺらなものになりはしないか心配だ。

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2008年1月25日

初天神、残念、、

今日25日は"初天神"で是非とも出掛けたかったが、週末にかかっているのと、このヒドい雪とで断念した。
子たちは道真公の小さな土人形が欲しかったようで、またあらためて"梅花祭"に連れて行ってやろうと考えている。

その前に近づく"立春"には例年のように、家人や子たちの健康祈願に吉田山へ出掛けるつもりでいる。

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2008年1月23日

♪ロマンチックが止まらない

学生の頃の友人が映画や演劇にのめり込んでいたせいもあって、その手の勉強、、というには専門家に失礼というものだろう、、をかじったことがあった。
演技ではなく美術である。ツルゲーネフ、プーシキンやゴーゴリからパステルナークなど、ロシアの舞台芸術の本を読んではスケッチしたり意匠を読み解いたりしていた。ロマンチシズムを前面に押し出したロシア風なものには若さ故か憧れがあった。
もちろんロシアという国の体制の成り立ちから知り、風土の持つエネルギーを知らなければ、そこの人間が産み出した芸術論に触れることには適わなさそうだと悟ったこともあって、カタルシスとは言えないまでも、顧みても時間と労力をとことん費やしたというある種の達成感は残っている。

その頃は冗談半分で「山田 甲八」なるペンネームを用いて、舞台美術の意匠などの研究文を書きまとめていた。
「山田 甲八」とは逆さにして"八甲田山"である。今日その物語のベースとなった実際の悲劇の雪中行軍から106年目になるという。
小説「八甲田山 死の彷徨」は映画化もされ、北大路欣也の名台詞が流行語にもなったと記憶している。

ロシアの体制も300余年の絶対王政からの共産主義はたった70年程で終わってしまった。見えざる敵は人間の欲なのかもしれない。子たちには"ロシア"の響きはクッキーでしかない。そのことを直していくのがこれからの務めにもなりそうだ、、。

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2007年12月 6日

♪Calendar girl

今年もまた引っ張り出してきたカレンダーで、クリスマスに引き込む作戦が展開されようとしている。
子たちの作戦はちっとも練られていないため、まだ10日前であってもクラッカーなどの"火器"が投入され、無理矢理盛り上がろうとする。近所迷惑も甚だしいのである。
毎年同じカレンダーを使うのは大事にしまってあるのではなく、作戦のひとつであるらしい。それは"mission my fabourite"と呼んでいるみたいだ、、?
どの部屋にも、果てはトイレにもサンタの人形を次々と置いてゆく。
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この先はサンタには受難が続くようだ。
けれど静かに見守るしかない、、。
よそ見している間にも例のとんがり帽子をこしらえては、"おとなしくしている"人形やぬいぐるみにも被せている。

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2007年11月28日

人形(のお)使い

休みがもらえたのでクリスマスやお正月の用意に京都へ出掛ける。
が、例年この紅葉の時季にはゲンナリしてしまうことが多い。
駅に降り立つと、もう人ひと、、、全国からの修学旅行生に、大人の観光客はワールド・ワイドに色んな言語が耳に入ってくる。
学生時代に外国人向けの旅行案内のバイトを、2年間務め上げた友人の話では
「日本人より京都の街や、幕末の様子を知ってるわ! 私も平安、室町、幕末って図書館に籠って勉強したわよ、、。」
彼女は龍安寺近くで東洋史学を勉強していた。随分前に学校近くの美術館で偶然出くわした時にそんなことを話してくれた。最近結婚したことを、彼女と仲が良かった友人から聞いた。

今日のお目当ては古くからの人形店で、とある作家が毎年出している干支の小物を求めるのが一番だった。
表の喧噪とはうってかわって店内は静かで、人形に優しい温度、湿度になっている為ひんやりとした加減に背を伸ばすような気持ちになれる。
並べられた豪華な"ぶりぶり"などは、その昔はこんなものを振り回して本当に遊んだのか?危ない玩具ではと考えてしまうのは愚というもので、その金銀の箔押しや、友禅柄には眼を奪われるほどきらびやかで美しい。

お昼を惜しんであの店この店と、子たちと家人の好む"雑貨"と、来年のカレンダーに日記帳(雑記帳)等々をかけ足で買い求めた。
すべての用事を済ませ再び雑踏の中へ紛れるように歩き始めると、前を歩いていたカップルが急に足を止めたので、両手の荷物を落としそうになった。
二人の目線が大通りのウィンドウにある"ギャル系"ショップのマネキンのその挑戦的な目線と対抗しているようでどこか可笑しかった。やせた男と女は吸い込まれるように店の中へ入っていった。

"まねき"があがると急にせわしくなるのが京都の常で、普段は落ち着き払ったお坊さんが"ミニバイク"で市中を駆け回る"師走"も足早にやってくる。ふう〜っと息をつけたのは帰りの車中、出がけに間違えて買った"冷たかった"缶コーヒーを空けたときだった。

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