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2008年9月12日

赤と黒と白

校舎を取り囲む山からの蝉しぐれ、時折立ち上がるグラウンドの砂ぼこり、そして体育館や武道場で下級生たちがクラブ活動に汗を流しているだろう声が聞こえていた。受験勉強に集中するのに、家では暑くてはかどらないだろうと、在籍していた高校は夏休みの期間中校舎を解放してくれた。
日曜以外は一応は勉強道具を鞄に詰めて家を後にしていたが、実際には図書館から数II Bのチャート式参考書と小説を何冊か借りては、窓を通り過ぎる心地よい風と木々をすり抜けて届く光とを感じては小説を読んでいるばかりだった。

その中の一冊に「赤と黒」があった。日本語訳のせいなのか心理描写が克明で、子どもだったその時にはクドいほどだったことを覚えている。
その小説も新訳が出版されて、あらためて若い人たちにも読まれているようだ。主人公のクールであり続けようとする一面と、併せ持つ少年のような純真さが対峙している様子が、告白のような言い回しからよく伝わってきた。
昭和52年発行の文庫をあらためて手にしてみると、まずその文字の小ささに驚いてしまう。紙も日焼けしたところ以外でも感触がいいとは言えない。けれどカバーのデザインは今のものよりずっと秀逸で、タイトルそのままが配色に使われ、その夏の頃は作中の婦人と騎兵を描いたものなどをノートの隅に真似て書いたりしていた。
ページを繰ってゆくとその小さな活字を眼で追うには、もう体力が衰えてしまったのか根気が失せているのか、各章の冒頭にある格言めいた言葉には食傷気味になり、ただ古臭い思いがするばかりで"若さ"をあらためて思い起こすだけだった。

子たちの夏休みの間に読めればと求めていたが、知的な内容が淡々と綴られた原研哉の「白」を読み終える。
前に読んだ「ポスターを盗んで下さい」や「なぜデザインなのか」から、その感性には唸らされっぱなしだった。
ジュリヤンが"エンプティネス"に気づけば、疾走する生の中でも沸き立つようなイマジネーションが、過ちを抑えるように働いたのかもしれない。
だが何もないと思えるところに気を通わせることの潔さは、日本人にしか分からないものかも知れないが、、。

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コメント

おはようございます。

若い頃にそんなにたくさん本を読んでいた覚えはないのですが、
たしかに若い頃でないと読めない本がたくさんあることを痛感します。

「赤と黒」もそうだし「罪と罰」とか「異邦人」とかもそうでした。

そして、もう一度読める根気があるかなと、ブログを拝見して、私もふと思ってしまいました。

投稿: 月本夏海 | 2008年9月13日 07時12分

月本さん、遅くなりました、、。
あの頃の価値観は経験によって吹き飛んでいますから、強い思い入れや共感はないことを前提にして、読み直したいと思っています。
ツルゲーネフ的心情にはもう戻れないことは分かってはいるのですが、、。

投稿: sada | 2008年9月17日 00時05分

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