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2006年3月 5日

私が十五歳だった頃、、

私には「若さ故の、、、」と続く言葉はもう当てはまらな
くなったようだ。
大胆でこわいもの知らず、ギラギラとした眼差しと身体。
その時には満ちていた空気も、もう今ではまとわり付いて
はいない。その時分の影のような部分が、ただ残っている
ようだ。

演出家、作家の久世さんが亡くなった。家人が愉しみにし
ていた「寺内貫太郎一家」のDVDが出たと思ったのに、、。

テレビの中の登場人物たちは、皆明るくて嫌みの無い癖の
ある者ばかりだったように思う。演出家として「軽ろ味」
からコトの大きさや、次第の重きを感じさせているような
風があった。けれど、作家としては一様に「陰り」ばかり
を感じてしまっていた。私の知らない「昭和」は戦争のせ
いか、かなり暗く重苦しいものになっていたようだ。
しかし、それが過去の事実であり、その時代の陰を浮き立
たせることで、埋没してしまいそうな人の情感や、機知を
拾わせるような語りには深く傾倒していた。

 、、、「さよなら」  
  中略 
 、、、「ありがとう」
 私は今夜お金でなんかでとても買うことのできない、
 春の朝のタンポポみたいに、可愛くて、大切なものを
 いただきました。        「謎の母」より

小説の中に流れるゆっくりとした時間、美しい頃の日本と
日本人のことを、どうやって子たちに語り継いでゆけばい
いのだろうか?

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